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 寄せ書き 
井口健二「星新一さんの思い出」

SF作家クラブ会員・SF映画評論家
 星新一さんとの思い出で最大のものは、1978年に僕と家内の結婚式の仲人をお願いしたことだ。 実は当初は家内と共にお付き合いのあったSF作家の平井和正さんにお願いに伺ったのだが、平井さんから「SF界で仲人といえば星さんだ」と言われ、その仲介をしていただいた。

 それ以前には、1970年大阪万博の年に日本SF作家クラブが主催した「国際SFシンポジウム」の事務局で、当時大学生のアルバイトだった僕は星さんと面識があった。 それで仲人をしていただくことに異論はなかったが、その当日、披露宴の最初の仲人挨拶で僕と家内の履歴書を見ながら話される星さんの手が、ぶるぶると震えているのに気が付いた。

 そのことについて星さんは、「この歳になると緊張することもないから、この緊張感がたまらないのだ。それで仲人を引き受けさせて貰っている」とのことで、僕らが仲人をしていただいた訳も判明したものだ。 因に当時の星さんは、すでにSF作家や編集者の方々の仲人もされており、冗談で「日本ナコード大賞」などとも言われていた。

 それから40年が経ち、自分が当時の星さんの年齢より上になって、ようやく星さんのおっしゃったことの意味が判ってきたかな?  そんな気持ちにもなっているところだ。



 話は遡って上述の「国際SFシンポジウム」では、小松左京さんや翻訳家の矢野徹さん、海外からはアーサー・C・クラーク、ブライアン・オルディスらが集まる中で、星さんは特に役職を持たれていた訳ではない。 それでも時々赤坂のホテルに設置された事務局に顔を出されて話はされていた。 そんな中で海外の作家も集まりだしたある日、星さんが動き始めた。

 それは色紙を持って来日した作家のところを回っていたもので、僕らは普通にサインの収集をされているのかと思っていたのだが、星さんが見せてくれたのは、何と各作家のサインを星さんが真似て書いた色紙だった。 しかもご丁寧に各作家のペンを借りて、そのペンを使ってサインを真似たのだという。

 その筆跡は実に見事で、本物の横においても区別がつけられない芸術的なものだった。 「国際SFシンポジウム」の閉会後は、事務局の引っ越しなどで件の色紙の行方が不明なのは残念なところだ。



 その後は一SFファンの僕が星さんにお会いする機会はあまりなかったが、そんな中で星さんとの思い出は、1975年に神戸市で開催された日本SF大会に向かう道中でのことだ。 この大会はSF作家の筒井康隆さんが中心になって開催されたもので、東京からも多くの作家やファンが参加することになった。

 そこで僕は東京のファン仲間と共に、開会当日の午前中の新幹線で神戸に向っていたのだが、その列車のグリーン車には星さんと平井和正さんも乗車されていた。 そこで僕は事前に挨拶に伺ったりもしていたが…。その列車がおりしもの台風来襲で、岐阜羽島駅で動かなくなってしまった。

 その列車が停まってから少しした頃、平井さんが僕らの席まで来て「タクシーで神戸に向かうが同乗する者はいないか?」とおっしゃられた。 そこで僕は一も二もなく手を挙げて、若手SF作家の横田順彌さんと共にタクシーに便乗させて貰うことになった。 座席は僕が助手席で、星さんが運転手の後ろ、平井さんが反対側で横田さんがお二人に挟まれていたと記憶している。

 そのタクシーは嵐の中を走り出したのだが、出てすぐの川に差し掛かると、運転手が川下を見ろという。 そこに見える新幹線の鉄橋は水面が橋げたにぎりぎりで、これでは列車の運行は無理だなという感じだった。 そんなことを話しながらの出発だったが、何せ嵐の中を神戸まで行こうという運転手だから、これがかなりの強者だった。

 やがてタクシーが名神高速で京都市に差し掛かった頃、運転手が突然「横風で車が流される。これは危険だ。ご覧なさい」というなり、両手をハンドルから離してバンザイをして見せた。 すると車体は確かに横滑りして行く。 その時、星さんが少し上ずった声で「判りました。頼むから手をハンドルに置いてください」と叫ばれた。

 僕は助手席で視界も開けていたから多少横に流されても大丈夫だと思っていたのだが、運転手の真後ろで視界の遮られる星さんの気持ちは、今にして思うと察せられるところだ。

 その後は風も収まり始め、神戸に着くころには台風一過の晴れ間も見えていたと思うが、降車の際に星さんは運転手に向って「どうです。帰りも客は乗せますか?」と聞き、それはしないと答えた運転手に「行き先が九州だったら大変ですものなあ」と笑い声を上げられていた。



 その3年後に僕は仲人をお願いし、さらにその翌年にはSF作家クラブへの入会を推薦していただいた。 その頃にはパーティなどでも良く会話をするようになっていたが…。 それは1980年公開の『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』を手塚治虫さんが作られたときのこと。 その特別試写会をSF作家クラブが主催し、多くの人を集めて上映することになった。

 ところが当日、会場となったホテルの宴会場にフィルムが届かない。 すると星さん、小松さんが会場に来て「手塚さんから完成しなかったという連絡が来た」という。 そこでお二人がお詫びの挨拶をして、短い完成前のフィルムの上映の後にパーティとなったのだが。

 そのパーティの最中に星さんが僕の横に来られ、「ここには政財界からかなりの人たちが集まっている。この人たちが2時間以上ここに留め置かれていることを君はどう思う?」と沈痛な面持ちで話された。 それは普段の星さんとは全く違う雰囲気で、その責任感のようなものをひしひしと感じたものだ。



 こうしてSF作家クラブの一員とさせて貰った僕だが、その後も星さんにはプライベートも含めていろいろお世話になった。 それは星さんから聞いた話だと僕だけのことではなったようで、多くの作家の相談相手にもなってその解決にも手を回していただいていたようだ。 その意味で星さんは「日本SF界のフィクサー」のような存在ではなかったかと思っている。

 1997年に星さんが亡くなられて20年が経ったが、その思い出は今も鮮明に残っている。 ただ一つ残念だったことは、星さんに21世紀を観て貰えなかったことだが、今の世界を見て星さんはどうコメントされたかな?  そんなことも考えてしまうところだ。


2017年10月

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