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 寄せ書き 
恩田陸「神の視点」

小説家
 俗に、「神の視点」という言葉がある。
 フィクションを語る上で視点というのは重要だ。 ある特定の登場人物から見たものなのか、それとも作者がすべての登場人物を俯瞰しているのか。 「この作品は視点が揺れているのではないか」と小説の新人賞の選考会などで、しばしば大きな問題になったりする。
 「神の視点」という場合、三人称とはまたちょっと異なる気がする。 同じ人間である著者が物語るのではなく、遥かな高みにいる高次の存在が見下ろしている。 そう感じさせるものを「神の視点」と呼ぶのだと思う。

 先日、手塚治虫の漫画を手塚眞が映画化した『ばるぼら』を観ていた時に、そういえば、子供の頃は手塚治虫の漫画が何を読んでも怖かったなあ、ということを考えていた。
 とにかく何が怖いといって、吹き出しの中の台詞ではない、吹き出しの外に書かれたモノローグが怖いのだ。 あのモノローグにこそ、私は幼い頃から冷徹な「神の視点」を感じていて、人間というものの卑小さを突き放して描く手塚治虫が恐ろしかった。

 同じく、別の意味で「神の視点」を感じていたのが星新一のショートショートだった。
 両者の手触りは全く異なる。 手塚治虫の場合は生々しい原始的な恐怖が伴う「神の視点」なのだが、星新一の場合は、やはり人間の卑小さを突き放して見ているのに、どこまでも無機質でスマートな「神の視点」なのだった。

 フレドリック・ブラウンの作品に、こういう短編がある。
 世界中の科学者が集まり、最高のコンピューターを造り上げ、それまでずっと誰もが疑問に思っていた質問をする。 「神は存在するか?」すると、コンピューターは確信を持って答えるのだ。 「イエス! 今こそ神は存在する!」と。
 星新一の「神」はこちらのような気がするのだ。 星新一という人が、おのれにいろいろな縛りを課して物語を紡ぐ過程で、ひたすら個々の人間の属性を削ぎ落としていくうちに、図らずもそこに「神」が顕れてしまった、とでもいうような。

 「神は存在するか?」今こそ、星新一のコンピューターに質問してみたい。
 果たして「神の視点」からは、どんな答えが返ってくるだろうか。


2021年2月

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