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 寄せ書き 
森博嗣「指の間をすり抜けて」

作家
 二十年ほどまえに講談社のメフィスト誌が企画した座談会に呼ばれた。 星新一について語る、というテーマで四人の作家が集まった。

 僕が座談会に出席したのは、このときのただ一回きりである。 「座談」はそれほどでもないが、「会」が嫌いだからだ。 そのときも、僕はほとんどしゃべらなかった。 作家としてデビューしたてだったので断れなかった。 小説をほとんど読まない人間だから、その点でも引け目があった。 ほかのお三方に比べても、全然詳しくない。 場違いだったのだ。

 断れなかったもう一つの理由は、当時メフィスト誌の編集長だった宇山日出男氏に呼ばれたこと。 お世話になっていたので義理があった。 僕は、日本人が書いた小説をほとんど読まないのだが、数少ない例外の一人が星新一だ、と宇山氏に話したことがあった。 さらにディテールに述べると、森鷗外、谷崎潤一郎、夢野久作、筒井康隆、そして星新一が、例外だった。 ただし、自分が作家になってしまったあと、各方面から贈呈本がつぎつぎと届くようになり、いくらか例外の作家が増加した。 それでも二十人よりも多くはない。

 話すことがないから、黙っていた。 微笑んで興味深く話を聞いていた。 座談会のゲラが届くと、僕が発言した言葉は、ほぼすべて拾われていたし、充分に補足され、微妙に誇張されていた。 星新一は理系だから、と言ったかもしれないし、真似をしたくない大きな壁だ、とも語ったように覚えている。 実際、僕はショートショートをいくらか書いたことがあるけれど、常に、星新一に近づかないように肝に銘じている。 恐れ多いことだからというわけではなく、もうそちらには余地がない、と感じているためだ。

 僕は、ミステリィ作家としてデビューした。 でも、日本のミステリィをまったくといって良いほど読んでいなかった。 たとえば、江戸川乱歩も横溝正史も、一作も読んだことがない。 また、最近はSFを書いているけれど、日本はおろか世界のSF小説を読んだことがない。 例外は、星新一と筒井康隆だけである(すすめられて読んだものが、ほかに数冊ある程度)。

 実は、星新一がSFだと思ったことはない(筒井康隆もだが)。 そういわれてみれば、SFなのかもしれないな、といった感じで、それ以前に、SFって、そういうものだったのか、くらいの認識である。

 僕としては、星新一は、日本昔話に近く、民話といっても良いだろう。 否、それもどうもしっくりこない。 もっと工作的というか、絡繰り的な香りがする。 たまたま文字で書かれたストーリィになっているだけで、最初に思いついたものは、「仕掛け」であるはず。 それはつまり機械なのだ。 その意味では、非常に工学的なセンスといえるだろう。

 まあ、そういったものが、僕の好みではある。 好みだから、出会ったのちに読み漁った。 十代の頃だ。 その当時は、まさか自分が小説家になるなんて想像もしなかった。

 とはいえ、十代の若者に、ああ、なるほど、この方面はこの人がすっかりやってしまったのだな、と理解させるには充分だっただろう。 網羅的な点でも技術的だし、あらゆるバリエーションを見せつけられたようで目眩がした。

 ショートショートを書くときには必ず、星新一の大きな手や指が、八方の雲のむこうに現れる。 進むためには、その指の間をすり抜けるような姑息な真似しかできず、書いたあとにも溜息ばかりが残る。


2020年9月

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